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フェティシズム:経済学で初めて注目したのはカール・マルクス

批判と理論
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この記事ではフェティシズム(フェチ)の意味や特徴を解説しています。

フェチには「呪物対象」と「部分的な物への愛着」の意味があります。

これまで宗教学・人類学、経済学、心理学、映画学などが好き勝手なフェチ論を展開し、現代では消費者フェティシズムが先鋭化しています。

フェティシズムとは

フェティシズム(fetish/fetishism/フェチ)には2種の意味があります。

  1. 迷信の対象、盲目的崇拝の対象、呪物対象
  2. 部分的な物や切り離された物への愛着

フェティシズムが極度になれば「性的倒錯」「異常性欲」の意味ももつといわれてきました(その批判は次段落に後述)。表記上フェチシズムとされることもありますが、発音すると呂律が回りにくいです。

倒錯?異常?

「性的倒錯」や「異常性欲」については慎重に考えなければなりません。

フェティシズムの説明に倒錯や異常と述べるのは1960年代の辞書から一貫しています。最近のファッション辞典は実質的に1960年代・1970年代に作られた辞書を踏襲しているので今でも倒錯や異常と説明されます。

しかし、フェティッシュ・ファッションやフェティシズムが普及している現状をみると、いったん普通のことと捉えなおす必要があります。

資本主義社会や自由主義社会が進行するにつれ「倒錯」や「異常」の基準は目まぐるしく変わるので、一概にダメな印象や下位のレッテルをもっても仕方がありません。

ミシェル・フーコーがいったように≪正常は異常・異常は正常≫という側面もあるからです。逆に≪正常は正常・異常は異常≫も正しいので、現代社会は判断の難しい段階にあります。

フェティシズムの2重の意味

フェティシズムには2重の意味があります。

謎めいていると同時に、偽物・人工物・見栄っ張りな物・魔法物だということです。

私はマドンナの大ファンですが、彼女自身が人工物に思えて仕方ありません…。

フェティッシュ・ファッション:fetish fashion

フェティッシュ・ファッションとはフェティシズムにもとづいたファッションのことです。

フェティシズムはファッションにおいてSM系(サド・マゾ)やボンデージ系の≪いかがわしい≫とされる官能的なルックスを意味します。この点はマドンナを中心に後述します。

注意してほしいのですが、SMやボンデージでイメージされる主従関係はフェティッシュ自体ではありません。あくまでもフェティシズムとは物神崇拝・部分崇拝です。

フェティシズムの幻想のなかで部分と全体の倒錯は大きな意味を持つ。そこでは部分は全体とのつながりを失って、勝手に動きまわり、自分の存在を強力に主張する。飯沢耕太郎『写真とフェティシズム』134頁

フェティシズムの印象にSMやボンデージが結びつくのは、現代社会が建前上は平等社会になっているからです。

つまり、主従関係や封建制は過去のものとなり、現実のものでは無くなったので崇拝対象となるわけです。

人気素材や人気アイテム

フェティッシュ・ファッションで好まれるものには人工物または人工要素の強いものがほとんどです。すでに与えられた物(付与の物)や自然物はあまり崇拝対象になりません。

人気素材には革製品(ラバー、レザー、ゴム、ラテックスなど)やナイロン製品があります。人気アイテムには靴、手袋、コルセット、メガネなどがあります。

なかでも脚部のアイテムに人気が集まり、とくにハイヒールやブーツ、それにストッキングやタイツなどが挙げられます。

先に示したマドンナの靴はラバーのサイハイ・ブーツ。SMでサディストを務める女性がよく履くブーツです。

また、上述のアイテム類が醸し出す匂い(香り)やや人体との摩擦で生じるこれらにたいするフェティシズムもあります。これを匂いフェチといいます。

意味と嗜好のまとめ

フェティシズムの意味や嗜好は次のようにまとめられます。

  • フェティシズムとは物神崇拝・部分崇拝である
  • 偽物・人工物が対象になりやすい
  • すでに与えられた物(付与の物)や自然物は崇拝対象になりにくい
  • 主従関係は直接にはフェティシズムではない

まだ説明しきれていない点があります。

付与の物はフェティシズムの対象になりにくいのに、過去の物は対象になりやすい点です。

付与の物はすでに作られていて私たちが手にしたモノですが、過去の物はすでに作られたモノでも私たちは生活で使ったり依拠したりできません。

つまり、付与の物のうち過去の物は私たちから切り離されているのでフェティシズムの対象になりやすいのです。

ボンデージとファッション・デザイナー

フェティシズム・ルックの代表的な衣装にボンデージが挙げられます。

ボンデージ(Bondage)とは拘束や束縛の意味から派生して(SMの)奴隷の身分の意。衣装では拘束性の強いものがボンデージ・ファッション(ボンデージ・ルック)と呼ばれます。

もとは、SM(サド・マゾ)の世界で使われていた用語ですが、ファッション界ではヴィヴィアン・ウエストウッドが積極的に取り入れ、パンク系のファッションがその典型となりました。

ストリート・ファッションから生まれたこの傾向は、1992年・1993年秋冬のパリ・コレクションで洗練された形で登場し注目を集めました。

ジャンポール・ゴルチエは世界的な歌手のマドンナにボンデージ・ファッションを提供するファッション・デザイナーでした。マドンナはライブやメディアでボンデージ・ルックをよく着こなします。ゴルチエは自分が最初にデザインしたフェティッシュ・ファッションはコルセットだったと振り返っています。

彼の作品に編みあげのコルセットが多い源流は1930年代から一般的だったポルノ写真の定番です。

コルセットが過去のものとなり始めたとき、これはまさに物神崇拝の対象となりました。

最近ではデザイナーの作品自体をフェティシズムの初歩的段階だとみる説も出ています。

イギリス初のイヴ・サンローランの作品展をおえて、ロサ・ウォーリング・ウィフェルメイヤーは、ファッション・デザイナーとその作品の説明に使われる言葉を調べ、作品全てが販売目的なのかどうか疑問視しています。https://thefword.org.uk/2016/01/ysl-fetishism-is-eternal/

ボンデージ・スーツ:Bondage Suits

ボンデージ・スーツとは皮膚にぴったり密着し、体を締めつけて拘束する服。

黒いゴムやエナメルなど、ハードな素材の特殊デザインが徐々にファッション化し、体のフォルムを強調する服を指す意味ももつようになりました。

1990年代の身体意識の高まりにより流行したといわれます。

ミシェル・ファイファーの主演した映画『バットマン・リターンズ』でのキャット・ウーマンの衣装は典型的なボンデージ・スーツです。

ボンデージ・ルック:Bondage look

ボンデージ・ルックは身体を無理に締めつけるようなラバーやエナメルのパンツ・スーツ、編み上げブーツなど、ハードで官能的なファッション。


つぎにフェティシズムという言葉の歴史を探ってみましょう。

「フェティシズム」という言葉の歴史

日本でフェティシズムやフェティッシュ・ファッションが注目され始めたのは1990年代後半のことですが、欧米では19世紀から精神分析学的にも経済学的にも、そしてファッション的にも重視されてきました。

宗教学・人類学的な意味

フェティシズムに関する学説は宗教学や人類学から起こりました。

フェティシズムやフェチ崇拝者に関する宣教師や学者たちの論文は、木や粘土を崇拝したり偶像を崇拝したりする人々の無礼な宗教態度を非難したものでした。

すでに19世紀の初めにフェティシズムという言葉は非合理的に尊敬されていたものすべてを意味するようになりました。

経済学的な意味

その後、マルクス主義による解釈が出てきました。

カール・マルクスは錯誤意識と疎外の2概念を用いて商品世界の魅力を分析しました。これは彼の主著『資本論』の第1部に収められている「物神崇拝」の箇所で論理的に説明されています。

マルクスによれば消費財の消費は疑似満足を与えます。階級意識が欠如している場合に労働者は労働生産物に秘密の価値を与えます。その価値によってすべての労働生産物は解読可能な社会的象徴に変換されます。

つまり、特定の消費を目的とした生産物に社会的な象徴性が備わって、本来の消費とは違う用途や消費が発生する訳です。

たとえばブーツは履く物ですが、頬擦りする物やキスする物にもなるわけです。消費目的のズレという点でこれは消費者フェティシズムといえます。

心理学的な意味

現在の心理学的な意味でフェティシズムを初めて使ったのがアルフレッド・ビネットです。

彼のエロティック・フェティシズムの概念は性的逸脱の他の研究群にも使われました。

彼の造語には有名なサディズム(マルキ・ド・サドの後)やマゾヒズム(ザッヘル・マゾッホ後)があります。マゾッホはフェティシズムの古典小説『毛皮を着たヴィーナス』の著者です。

映画学的な意味

こうして「フェティシズム」という言葉にはますます多くの意味が含まれていき、異なる言説が重なり始めました。

セクシュアリティに留まらない、権力と感覚・知覚の映画学者リンダ・ウィリアムスは、ポルノ映画を見ることで外部射精することをフェティシズムだと位置づけました。

相手の人体や性的対象物から切り離されたエクスタシー(つまりマスターベーション)がフェティシズムだというわけです。

社会が豊かになれば(ものが豊かになれば)マスターベーションが増えるとよくいわれるのはそのためです。マルクス的にいえば自然疎外後の人間疎外といったところです。

消費者フェティシズムの精密化

マルクスの『資本論』が刊行されて以降、消費者フェチシズムの概念は精緻化されてきました。

たとえば

  • マルクスのいう商品生産とは対照的に社会学者のソースティン・ヴェブレンは、着る時に人間に威信を与えるような衣服を典型的な事例として顕示的消費を強調しました。
  • ゲオルク・ルカーチは資本主義がどのように物や人々を抽象化するかを描くために、階級意識という統一概念を使って消費フェティシズムの分析を推進しました。
  • 最近では文化批評家のジュディス・ウィリアムソンが『消費の欲望―大衆文化のダイナミズム』で、商品が言語的な使用法やある種のイメージによっていかに混乱しているかを分析しました。
  • ジャン・ボードリヤールはこの混乱の自律性を詳述することで、消費者フェティシズムの伝統的なマルクス主義解釈をさらに進めました。

他方、いろんなフェミニストたちが資本主義社会において女性がフェティシズムの対象とされてきた点を指摘してきました。

批評とまとめ : フェティシズムとフェティッシュ・ファッション

アルフレッド・ビネットの限界 : サド・マゾは対語か?

彼の造語に有名なサディズムとマゾヒズムがあると述べました。

今でもよくサドマゾと呼ばれ対語として使われていますが、噛み合わない言葉を混ぜていて間違い。

マルキ・ド・サドの本とザッヘル・マゾッホの本を読み比べれば分かりますが、前者は封建主義的な主従関係であり、後者は個人主義的な主従関係です。主役をとりまく舞台設定がまったく違います。

前者には拘束(ボンデージ)があり後者には自由があります。

言いかえれば身体的・物理的主従関係が前者、そして後者はむしろ精神的主従関係です。マゾッホの本『毛皮を着たヴィーナス』に登場する毛皮のビーナスは個人としての女王様(主人)であった、サドの小説群に出てくる城主の貴族主人ではありません。

私たちとフェティシズム

冒頭で述べたようにフェティシズムとは部分への愛や崇拝です。

アイドル・ファンからマニアックな靴フェチやパンストフェチまで、フェティシズムは私たちの社会の一部になっています。

私たちは前近代のような自然と一体化した社会に戻ることや私たち自身が一体化することはできません。

また、フェミニストたちが指摘したようなフェティシズムの犠牲者としての女性という文脈は今では通用しません。

女性たちもまた男性をアイドルとしてフェティシズム化しているからです。消費者として男女は平等を実現させました。

将来のフェティシズム

今後は恐らく、いろんな面で一体化が剥がれていき、あらゆる事物がフェティシズムの対象になっていくと思われます。

私たちの身の回りの物だけでなく、過去の事物もそうです。

レトロ、モダン、ヴィンテージ、アンティークといった事物もフェティシズムの対象です。

そして、人間の一部分だけでなく人間自体もいつかフェティシズムの対象になるかもしれません。

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