普通袖の記事で触れましたが、 スリーブ(袖)は日本のファッション用語で最も混乱している言葉の一つです。
たとえば田中千代〔1969〕はスリーブ(sleeve)とそで(袖)を分けて説明しています。
スリーブ[sleeve] <筒状になって、ものをおおうもの>の意味があり、とくに<洋服のそで>のことをいう。田中千代『服飾辞典』同文書院、1969年、477頁
また、
そで【袖】 衣服の部分名称で、両腕をとおす部分をいう。田中千代『服飾辞典』同文書院、1969年、498頁
文化出版局編〔1979〕も分けています。
スリーブ〔sleeve〕 洋服の腕を覆う部分をさし、袖の意味。文化出版局編『服飾辞典』文化出版局、1979年、431頁
また、
そで【袖】 衣服の腕を覆う部分の名称。文化出版局編『服飾辞典』文化出版局、1979年、463頁
文化出版局編〔1999〕でも統一的な理解は得られていません。
スリーブ[sleeve] 洋服の腕を包む筒状の部分のこと。袖。文化出版局編『ファッション辞典』文化出版局、1999年、83頁
また、
そで[袖] 衣服の腕を包む部分のこと。文化出版局編『ファッション辞典』文化出版局、1999年、83頁
このような二分された理解が今でも続いているのは、洋服・和服という二つの近代的裁縫体系に囚われ、現代に集約しようとしない衣服史研究者たちの怠慢です。
洋服業界と和服業界が二分されているので、集約することは難しいかもしれませんが、衣服史の研究者たちはもっと努力をして知恵を絞るべき余地はあります。
スリーブの意味と種類
袖とは腕を覆う部分の布です。英語で sleeve (スリーブ)。
袖は肩の動きに影響を与えるため、腕の付け根(衣服の部分ではアーム・ホール)辺りのデザインと裁縫が服の着やすさを決める大切な作業となります。
アーム・ホール(arm hole)周辺の形態によって袖は大別されます。
基本形 : 接袖(セットイン・スリーブ)
基本形は セットイン・スリーブで、アーム・ホール部分で縫いつけられます。
写真は妻の自作チャイナドレス(旗袍)で、セットイン・スリーブの袖の事例です。
アーム・ホール部分で裁断された後に縫合されていることが確認されます。いわゆる袖付の一つで、裁った後に縫うわけです。つまり、縫目は切目でもあります。
セットイン・スリーブは中国語で接袖、日本語で普通袖といいます。
中国語は≪接続した袖≫という意味で作業を含みます。日本語は≪スーツの袖が普通≫だという意味を示します。
対立形 : 連袖
セットイン・スリーブに対立的な袖は中国語で連袖と呼びます。
日本語にはキモノ・スリーブが似た意味としてありますが、連袖ではありません。
この点については「キモノ・スリーブに西洋人がみたもの」(外部リンク)をご覧ください。
連袖は、次の写真が示すように、arm hole に該当する部分に切目も縫目も無く、胴体部分(身頃)と袖部分が裁断も縫製もされておらず、一枚の布のまま構成されています。
したがって、連袖の衣服を広げると、首元から袖口まで一直線になります。
逆にハンガーやトルソーに掛けたり、着用する人体が気を付けの姿勢(正常立位)をすると、セットイン・スリーブ「襟なしチャイナ・ブラウス」の写真と異なり、肩から腋窩にかけて大きな皺が発生していることが確認できます。
この点について詳しくは、接袖と連袖の違いを運動性や機能性から考えた記事「連袖旗袍から接袖旗袍へ:旗袍の洋服化 3」(外部リンク)をご参照ください。
中間形 : 連肩袖(ラグラン・スリーブ)
接袖と連袖との中間に当たるのが、ラグラン・スリーブ(raglan sleeve)です。
日本語には有りません。
中国語で連肩袖と呼ばれ、肩と袖が連なっている(接続されていない)点で連袖を継承しています。
他方で、肩袖部分と身頃部分とは裁断・縫合されています。
洋裁技術的には≪襟ぐりから脇下に切替線を設けて袖布を縫いつける方法≫です。
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