このページでは、ルリ・落合のエッセイ「15年前のある秋の日」を紹介しています。
このエッセイは「婦人画報」創刊70周年を記念して、その記念号に寄せられました。
15年前のある秋の日:ルリ・落合
婦人画報のよき先輩方とのめぐり合いは、私にとって、まさに”時を得た”ともいうべき、もの作りの進む道しるべを感じた日であった。
この夏、文学座の『欲望という名の電車』の舞台衣裳の仕事を終え、東京公演も無事にすみ、今芝居は、九州、関西と、公演の最中に、”婦人画報と私と欲望という芝居”この三者の話をする”時を得た”のは、宿命論者の私としては、深い因縁を思わずにはいられない。
思えば、私をして、舞台衣裳の修羅場へとひたむきにのめり込ませた重大なきっかけは、『欲望という名の電車』の第1回目の衣裳に本格的に取り組んだ時からであった。
当時は、その名も高き三人の婦人画報のつわもの、熊井戸さん、矢口さん、竹内さんという一級クラスの猛獣使いたちと出合った秋のある日、プロの人々の中でもすごくきびしい竹内さんと、何処からともなく耳にはいっていたその人から、いともやさしくほめられたのであった。忘れもしない、あの言葉、「あなたの衣裳は観客に夢を与えた。そして、おくせずオートクチュールと舞台衣裳の、ふた筋の道を歩むべきである」と。
それから十幾年、『オンディーヌ』『アンドロマック』『双頭の鷲』と、一連の華麗な芝居の衣装作りの道を歩んできた。以来、やり直しのきかない舞台衣裳の恐ろしさ、緊迫感の仕事の魔力に取りつかれる半面、年中行事であるファッションショウのむなしさに悩みだしたのである。自分だけのファンを集めて、着こなし上手のモデルたちに着飾らせて、客の前を一瞬通り過ぎて終ってしまうショウ。服というものはショウが終ったところから始まるものである。それを着て生活し、しわになり、くずれてゆくのが問題なのに、一番の弱点を見せず、拍手を貰うむなしさ。
舞台は、役者が一旦動きだすと、計算も想像もできなかった服のシルエットの美しさが、みにくさが、それも毎日、時には何ヶ月も、見も知らぬ人の前にさらされるのである。他人は舞台衣装というと、華やかな仕事と決めてしまうが、それどころか、技術の真剣勝負である。舞台衣裳をはじめて5年目、私はショウをやめてしまった。
デザイナーが発表会を休むことに納得いかないようだった竹内さんも、私がこの二つの道の整理がつくまで、待っていてくれているようだ。心の片隅のどこかで、そろそろショウを始めなければと、つぶやきながら、私の律義さは、まだそうはさせないのである。
舞台での一作ごとの未解決の問題も、ようやく終りに近くなってきた今日このごろである。現在まで、オートクチュールとしての仕事をやりとげてこられたのも、服の歴史から勉強しなければならない舞台の仕事があったからこそである。ふた筋の道を歩いてきたことに悔いはない。しかし、何かがわかりかけてきた時、人生ははや終りを考えねばならない年齢になっている。
婦人画報は70周年を迎えたという。私もこの仕事にはいって、20年目を迎えようという秋である。
(服飾デザイナー)
出典 熊井戸立雄編『ファッションと風俗の70年:婦人画報創刊70周年記念』婦人画報社、1975年、321頁・322頁。
感想
ルリ・落合さんのお顔をはじめて拝見して、ゆったりと落ち着いた方だと思いました。
デザインは大胆で、リード文には丁寧で細かい配慮が行き届いているので、もう少し神経質な方かと思っていました(すいません)。
このエッセイを読んで、ルリ・落合が舞台衣裳のデザインに注力を注いできたことが分かりました。また婦人画報の歴史も少し垣間見れました。
取り返しのつかない舞台衣装の緊迫感と、弱点を見せないオートクチュール(ファッションショー)の虚しさを対比した第5段落は圧巻です。本業を突き離して述べるメンタルの強さ。オートクチュールの自作自演を見抜いたことが伝わります。
最後から2つ目の段落では、オートクチュール(ファッションショー)と舞台衣裳という二足の草鞋(わらじ)に終止符を打とうとしている決意や諦めのようなものを感じます。決意と諦めが共存する不思議な文章ですが、納得できます。
このエッセイは教えてくれます。理解するということは終えるということです。
- 熊井戸立雄(編集スタッフ、編集人)
- 矢口(未確認)
- 竹内(未確認)
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