モードの急所はショルダーライン:私のきもの 伊東茂平

1960年代ファッション
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この記事に紹介するのは「私のきもの」1960年10月(第59輯)で27頁から30頁にかけて特集された「モードの急所はショルダーライン」の4点です。
写真に添えられた文章は適時、分かりやすい表現に直しています。
ショルダーラインとは肩縫線のことで、厳密にはショルダー・シーム・ライン。
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特集リード文

この時代ほど、ありとあらゆる袖附(袖付け)が使われていることは、かつてなかったと思います。それほど現代のモードは複雑になったのです。ではどんな感覚でもいいのかといえば、矢張りそうはゆきません。大きな時代の流れだけは、踏み外すわけにはゆかないからです。時代の流れとは、余りにも抽象的で説明は困難ですが、たとえば普通袖附を使いながら、そこに柔かい女性美を出そうとするようなものです。

出典 「私のきもの」1960年10月(第59輯)

特集リード文批評

特集のコアは次のとおり。
1960年頃に袖付が多様になってその内一つの主流は接袖(セットイン・スリーブ)で柔らかい女性美を引き出すことです。
以下の4作品ではセットイン・スリーブが3点、ドルマン・スリーブが1点に使われています。伊東の述べるとおり、袖付または袖の発生は洋服の一大生命線です。

撫肩効果のジャケット(伊東茂平デザイン)

「私のきもの」1960年10月(第59輯)27頁。

リード文

このモデルは比較的怒り肩なのですが、これだけ撫肩の効果を作ってみました。いづれにしても、肩線(ショルダー・ライン)はきものの感じを左右する急所です。厚味のある柔かいタッチのきれ地こそ、これに適するものだといえます。(生地・ロマンテックス)

出典 「私のきもの」1960年10月(第59輯)

作品批評・リード文批評

この作品の袖はセットイン・スリーブ。
衿元を高くして、脇から乳頭にかけての切替を入れることで視野を衿元か胸部に留め、アームホールへ向かない工夫がこの作品の撫肩効果です。腹部のリボンも駄目押しか。大きくて可愛いですね。

バルキーなジャケットと細いスカート(伊東達也デザイン)

「私のきもの」1960年10月(第59輯)28頁。

リード文

バルキーなジャケットと細いスカートの対象効果を求めたものですが、ここで一番大切なところは、この滑り落ちるように柔かい肩の線なのです。前がラグランで、後がキモノ・スリーヴになっています。そこに二つの違ったニュアンスを出してみました。こういうドレッシーさこそ、近代感覚だと思います。用尺=2.3メートル(生地・伊勢丹)

出典 「私のきもの」1960年10月(第59輯)

作品批評・リード文批評

特集のリード文では普通袖を導入して柔かい女性美を出すのが主流とのことでしたが、この作品では柔らかさを撫肩風のショルダー・ラインで見せています。
巨大なボタンと両サイドのポケットが可愛い。
リード文には前をラグランに、後をキモノ・スリーヴにしたと書いてありますが、これは間違い。前をみると肩部分と袖部分だけが連なっているのではないのでラグラン・スリーブではありません。
肩・袖・身頃が連なっているのですから、連袖。この点は後も同じこと。後の身頃のゆとりが裁ち出しにも影響しているので、あえて連袖以外の言葉を使うならばドルマン・スリーブ
無難な説明は、連袖にして後に余裕をもたせた、という程度。おそらく前と後を袖の名前で分けようとしたのは見た目だけの違いを強調するためです。
前は確かにラグラン・スリーブのように見えますが、既に指摘したように連袖です(後もしかり)。
なお、キモノ・スリーブという言葉は誤解の多い注意すべき用語。絶対に間違うので使用は避けるべき。

リネン風ウール地スーツ(伊東孝デザイン)

「私のきもの」1960年10月(第59輯)29頁。

リード文

ウールですが、厚地のリネンに似た感じのきれ地です。細い共地の衿とボウがあるだけで、ボタンもポケットも見えないツーピース。縦の縫目を何本も入れて細くて丸い、スリムなシルエットを作ってみました。脇線がディオール縫目なので、四角い箱のようなルーズ・フィットの線とは違っているのです。用尺=2メートル(生地・レナウン)

出典 「私のきもの」1960年10月(第59輯)

作品批評・リード文批評

リネン風の生地なので生地色とともに涼しげ。
衿元は着物が肌蹴たような感じになっています。これも涼しさ感をアップか。袖はセットイン・スリーブ
ディオール縫目とは脇から乳頭に向かうダーツでしょう。
ふつう脇ダーツ(胸ダーツとも)といいます。したがって、ルーズ・フィットではなくタイト・フィットになっているということかと。スリムなシルエットはそういう意味ですね。
この作品の縦縫目はダーツの効果をもっているので、ウエストがかなり絞られます。「細くて丸い」の「丸い」は腹部が凹んでいるということです。縦縫目を目立たせるために前はボタンではなくファスナーですね。

ドレッシーなスーツ風ツーピース(横山とき子デザイン)

「私のきもの」1960年10月(第59輯)30頁。

リード文

甘さの中に、どこか、小粋さのあるといった感じのきものです。ツーピースの部類ですが、ドレッシーなスーツといったところです。初秋なので、大胆なオフ・ネックにしました。肩はそれを引き締める必要があったので、片返しのセットイン・スリーヴを使いました。もしキモノ・スリーヴだったら、デザインのバランスを、すっかり変えねばならなくなったでしょう。用尺=2.3メートル(生地・レナウン)

出典 「私のきもの」1960年10月(第59輯)

作品批評・リード文批評

デカいリボンがやはり可愛いです。
ちょっとオフ・ネックとバランスが悪い気もしますが。
「片返しのセットイン・スリーブ」とは単にセットイン・スリーブのことで、続く文章の語句「キモノ・スリーブ」との対比として理解できます。後者ならオフ・ネックと相まってさらにルーズになります。

全体の批評

4点とも大胆な(大雑把な)カッティングに大きいリボンやボタンが付いていて、可愛い&カッコいいです。
4点ともぴっちりした帽子が似合っています。
1960年にしては既に1960年代らしい作品で、ピエール・カルダンの作品を想像しました。どうも1950年代ってディオールバレンシアガのような大げさなデザインを想像してしまうので意外。
ただ、4点ともエレベーター・ガールにしか見えないのも確か…。
4点のうちで一番好きなのは3点目(リネン風ウール地スーツ/伊東孝デザイン)です。いずれの作品も衿元がゆったりしているなか、この作品は胸部や腹部をしっかり絞っていてメリハリがあります。
ポイントは鎖骨。縦のダーツに対して、横の鎖骨が目立つ構造になっていて、そんなこと言いだせば私の急所はカラーボーン・ラインということになりますが、鎖骨フェチではございません。

表紙

デザイン:伊東茂平、生地:銀座・ストック、カメラ:稲村隆正、帽子:平田暁生、デザイン画:横山とき子。「私のきもの」1960年10月(第59輯)、表紙。

1960年代ファッション
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この記事を書いた人

いろんなファッション歴史の本を読んで何も学べなかった残念なファッション歴史家。パンチのあるファッションの世界史をまとめようと思いながら早20年。2018年問題で仕事が激減したいま、どなたでもモチベーションや頑張るきっかけをください。

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