[PR]この時間の注目ピックアップ(楽天市場)

もで

アーカイブ(凍結記事)

バーナード・ニューマン:Bernard Newman

バーナード・ニューマン Bernard Newman は、米国ミズーリ州ジョプリン生まれのファッション・デザイナーです。RKO、Bergdorf Goodman などで働きました。ジンジャー・ロジャース出演の映画「Vivacious Lady」の衣装を担当しました。
アーカイブ(凍結記事)

スザンナ・ヨーク:大きな目とベビー・フェイスが特徴

スザンナ・ヨークは、イギリスのロンドン市に生まれた女優です(1941~2011)。大きな目とベビー・フェイスが特徴です。彼女はスコットランドのトゥルーンやノーザンプトンで育ち、素人の劇団に参加した後、RADAで2年間演劇を学び、1960年に公開されたイギリス映画「Tunes of Glory」にデビュー。ハリウッドでの映画デビューは1962年に公開された「Freud」(フロイド 隠された欲望)でした。人気が出たのは「They Shoot Horses, Don't They?」(ひとりぼっちの青春、1969年公開)で、アカデミー賞助演女優賞の候補に挙げられました。
アーカイブ(凍結記事)

ドリー・ツリー:Dolly Tree エイドリアンの影に

ドリー・ツリー Dolly Tree (本名 Dorothy Tree)は、英国ブリストルに生まれたファッション・デザイナーです。1899年-1962年。ロンドン、パリ、ニューヨーク、ハリウッドで1920年代の舞台衣装デザイナー(劇場デザイナー)、1930年代の映画デザイナーとして国際的に評価されています。
アーカイブ(凍結記事)

エドワード・スティーヴンソン:Edward Stevenson

エドワード・スティーヴンソン Edward Stevenson は米国アイダホ州ポカテロに生まれたファッションデザイナーです。1906年-1968年。1922年にハリウッドへ移住し、アンドレ・アニ André Ani からファッション画を学びました。主にフォックス社やRKO社に勤務しました。
アーカイブ(凍結記事)

ハワード・シャウプ:Howard Shoup

ハワード・シャウプ Howard Shoup (-1987) は、米国テキサス州ダラス生まれのファッション・デザイナーです。長期の職歴中に170点以上の映画で衣装デザインを担当しました。コスチューム・デザイナーズ・ギルド The Costume Designers Guild (CDG) の初代組合長を務め、ギルドからエイドリアン賞を受賞しました。
ワンピースとスカートの歴史

貫頭衣からテーラリングへ:大丸弘「西欧型服装の形成」を読む

大丸弘「西欧型服装の形成」の印象を部分的に要約。先週と今週で一番衝撃だったのは、貫頭衣の説。貫頭衣は原始的な衣服で、布を縦長(多分)に使って、真ん中を頭部程度にくり抜いてザックリ被った上体衣です。貫頭衣の普及からTailoring技術の形成まで、ヨーロッパの裁縫の発生を丁寧に読み説いています。
アーカイブ(凍結記事)

マタ・ハリ:グレタ・ガルボ主演、ギルバート・エイドリアン衣装

マタ・ハリ (マタハリ、ジョージ・フィッツモーリス監督)は、ギルバート・エイドリアンが衣装を担当し、グレタ・ガルボが主演した映画です。 1931年にアメリカで公開されました。パラマウント映画社のスパイ映画「間諜X27号」に対抗し、MGM社はグレタ・ガルボ主演のスパイ映画を制作しました。
アーカイブ(凍結記事)

ヘレン・ローズ:アイリーン・レンツの後任としてMGM社へ

ヘレン・ローズ Helen Rose は、米国イリノイ州シカゴに生まれたファッション・デザイナーです(1904-1985)。主にMGMで活躍し、「雨の朝巴里に死す」 (1954), 「可愛い配当」 (1951), 「上流社会」 (1956) などで衣装デザインを担当しました。
1960年代ファッション

ミニスカートの発明者はクワントかクレージュかそれとも?

このページでは、戦後のミニ・ドレスやミニスカートはどのように登場してきたのか、そして誰が普及させていったのかという点に絞って見ていきます。モードの歴史としてはミニドレスがあって、その後ミニスカートが追従したと思われます。
アイテム別用語集

ツーピース two pieces:種類別に説明

ツーピース two pieces : 上下に分かれた2つの部分からなる服のことで、ワンピースの対語です。ちなみに、ドレスはワンピースの代表的な衣服と思いがちですが、ツーピース・ドレスというのもあります。このページではツーピースの衣服を種類別に説明しています。
アイテム別用語集

ゼファー:zephyr 生地、繊維、製品の各種類と意味

ゼファー zephyr は、西風、微風(そよ風)、軟風の意。この意味から、ファッションでは、ごく軽い材料で作られた衣類・織物を指します。特に、婦人用ブラウスや、スポーツ用の軽いニットのセーター、バスローブなどが代表的です。
アーカイブ(凍結記事)

マネキン 美しい人体の物語:改めて考えさせられました

マネキン 美しい人体の物語 : 七彩工芸(現・七彩)で長年にわたりマネキン制作に従事してきた著者が、マネキン制作という仕事を振り返った本です。日本のマネキンの通史もあり、海外のマネキン事情もあり、写真が豊富です。ファッション・デザイナーや芸術家たちとマネキンとの関わりも随所で挿入され、マネキンからみたモード史という風にも読めます(三宅一生や岡本太郎など)。
アーカイブ(凍結記事)

アイリーン・レンツ:ギルバート・エイドリアンの後任

アイリーン・レンツは、アメリカのサウスダコタ州ブルックリンに生まれのファッション・デザイナーです(1901-1962)。1927年、20代半ばにロサンゼルスに出て、ウォルフ・スクール・オブ・デザインへ通い、音楽を専攻しました。1942年から1949年までMGM社で主任デザイナーとして働きました。ギルバート・エイドリアンの後任です。
アーカイブ(凍結記事)

セシル・ビートン:写真・演劇・映画の分野で活躍

セシル・ビートン Cecil Beaton はイギリスの写真家、ファッション・デザイナーです(1904-1980)。1922年、セシル・ビートンはケンブリッジ大学のセントジョンズ・カレッジに入学しましたが、学術にほとんど関心をもたず、写真と演劇のデザインに注力しました。1925年に学位を取得しないまま学校を去り、木材商人の父親の手伝いとして働きました。セシル・ビートンは写真家として、映画衣装デザイナーとして、ハリウッドを拠点に大活躍しましたが、たった一つ後悔したことがあると言います。グレタ・ガルボの衣装をデザインしたことが無いということでした。
アイテム別用語集

デニムの語源や織色や生地の種類を分かりやすく説明

デニム denim は糸染の厚地織物の一種で、経(たて)にインディゴ (Indigo, 青藍) で染めた10~14番の太糸を、緯(よこ)に細めの、12~16番の晒し糸か未晒し糸を用い、2/1の三つ綾か3/1の四つ綾に織った生地のことです。ジーンズの生地として広く知られています。
アイテム別用語集

トレンチ・コートのディテールや語源・起源

トレンチ・コート trench coat とは、ダブルのベルト付きコート。綿や薄手のウール素材で、エポーレット(肩章)と2枚のヨークが付いた防水加工のコートです。「キング・オブ・メンズ・コート」の異名をもちます。
ファッション歴史

オート・クチュール:自作自演の自称アート集団

オート・クチュールはフランス語で、日本語では「高級仕立店」や「高級衣料品」の意。狭義には「La Chambre Syndicale de la Couture Parisienne」に加盟し、組合規定の規模や条件を備えて運営されていた企業・店舗をさします。
アイテム別用語集

ビキニ :水爆実験なみの衝撃を与えた水着

ビキニ bikini とはツーピースの水着のことで、上部は小さめのブラジャー型、下部は極端に布地の少ないパンティ(ショーツ)型を組み合わせています。ツーピース(セパレーツ)の水着は第二次大戦中のアメリカとイギリスで流行りましたが、ビキニはその上下を最小限に縮小したものでした。
アーカイブ(凍結記事)

民族衣装の本はいくつか持っているので不要かと思いながら確認すると、責任編集者に大丸弘と記されているので迷わず購入。出版された1982年当時、国立民族学博物館の新進気鋭を集めた図鑑であり、硬質な論文集でもあります。