『20世紀モード史』は20世紀民衆衣装の変遷をたどった本です。
20世紀初頭から1970年代までを扱い、広範囲の地域を取り上げて近代化に洋服が普及した経緯を述べています。
本書の特徴
ふつう、モード史やファッション史では、19世紀までは資料が残りやすい有閑階級(貴族階級その他)の衣装変遷をヨーロッパの流行として叙述されます。
これに対して、20世紀になって突如、一般民衆の衣装が注目されます。そのため《取って付けた衣服史》に陥りがちでした。
しかし、本書は最初から民俗衣装と既製服に注意し、一般民衆の衣装に多くのページを割いている点が特徴です。
本書の焦点は20世紀モードですが、19世紀までの概略についても一般民衆が取り上げられるため安定した叙述になっています。
既製服をモードや芸術の一環として捉える本書の視点には著者の経歴が強く反映されています。
類書にくらべて本書は地理的感覚が濃厚に出ていますから、世界各地の民衆のモードにも注目し、他方で世界の主要都市がモードの対抗軸として描かれる場合もあります。
たとえばロンドンとパリの対立です。
20世紀初頭からヨーロッパの仕立店はベルリン、パリ、ロンドン、ウィーンに開店する傾向があり、中でもロンドンとパリは1898年のファショダ事件、翌1899~1902年のボーア戦争等、イギリスとフランスとの確執はモード史にも強い影響を与えました。
ポール・ポワレがイギリス首相アスキスの婦人に自宅へ招かれた時、イギリスのマスコミは外国人のイギリス内商売を奨励するとは何事だと否定的だったと述べられています(93頁)。
細かくいえば該当箇所の対立はロンドンとパリよりもイギリスとフランスと名づけるべきでしょうが。
旗袍の記述
もう一つの地理的対抗軸の事例は北京と上海です。
1911~12年の辛亥革命を起点に中国では清朝期旗袍が衰退し、女性の服装は変化しました。
近代化(工業化)の勢いが大きい広東や上海などの中南部沿岸地域が北京や天津などの北部内陸地域よりも衣装の西洋化を強めました。
ちなみに、その転換を支えた一集団が諸外国の使節団の設置したミッション・スクールです。
中国の民族衣装として知られる旗袍はどのように描かれているでしょうか。
第3章「革命の時代―1910~1919年」の「孫文の革命と中国人の服装の変化」の中国女性の服装を見ます。
まず、中国人女性の間で、清朝期の旗袍と異なり、踝(くるぶし)まで絞ったズボンに短めのチュニック(本書は旗袍をこう呼んでいます)を組み合わせた服装が出現しました。
ついで、ズボンが真っ直ぐになりました。
その後、チュニックは長くなり、身体にフィットしたものになりました。
1930年代には女性がズボンを穿く習慣が減り、チュニックはさらに長くなると同時にワンピースとなりました。
旗袍の劇的な変化の一つは従来のツーピースからワンピースへの転換ですが、それを本書ははっきりと指摘しています。ふつう、民俗衣装は組み合わせが変わる転換を採りませんが、旗袍は果敢に変容を遂げていきました。
なお、「チュニックの片脇にスリットを入れるようになった」(216頁)とありますが、普通、旗袍のスリットは両脇に入れます。
本書の世界史観
本書は既製服や一般民衆に注目する視点をもつため、19世紀までの貴族モードと20世紀の民衆モードとを明確に分けて捉えています(プロローグ「モードの誕生」)。
そのため焦点がはっきりしていることは既に述べました。
民衆モード(または既製服モード)の拡大史の中で最も破壊的な衣装開発は何だったのか、本書は次のように述べています。
1960年代が開幕したとき、この時代が服飾史上、おそらく例をみない大変革期になることを予想させるものは何もなかった。ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』西村愛子訳、平凡社、1995年、379頁
また次のようにも。
1965年を境に、その(オートクチュールの)システムが社会の現実との明らかなずれの兆候を露呈しはじめた。ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』西村愛子訳、平凡社、1995年、16頁
そのため、第6章「大変革期から世界危機まで―1961~1979年―」は最も詳細に述べられています。
1960年代、とくに1965年の大変革とはアンドレ・クレージュのミニスカートです。
著者は述べます。
クレージュはポール・ポワレとともに、20世紀モード史の双璧をなす真の創造者である。ブリュノ・デュ・ロゼル『20世紀モード史』西村愛子訳、平凡社、1995年、398頁
ミニスカートは工業国の全女性に影響を与えました。
最後に、本書は旗袍やミニスカート等も大きく取り上げ、目的通り民衆モード史として詳しく、また分かりやすく述べられています。
その点が単なる書評ではなく、推薦図書にする所以です。
本書のモード観
「モードの世紀」は全衣服の西洋化を重視しています。この観点をはじめて明言したファッション史の本が本書『20世紀モード史』です。
目次をひろうと次のように西洋化をとらえています。
- 世界規模のモードの西欧化
- 階級差の消滅
- 性差の消滅
- ユニフォーム化と個性表現
- 没個性化と個性化
- 体系の崩壊から表現の自由へ
- 肉体の開放ー裸への歩みー
などです。
「肉体の開放ー裸への歩みー」は身体露出に言及しています。
先にふれたミニスカートもその一つ。結局、裸に離れませんから、20世紀モード史はこの限界を背負いました。
21世紀のモード史は隠蔽と露出を行ったり来たりを繰り返すわけです。ファッション歴史の終わりです。
また、衣服のネタもつきました。
このような観点を本書は「ユニフォーム化」といい、当サイトでは「コスプレ化」といっていますが、同じ意味です。
索引 : 5か所以上で言及された用語
用語にはサイト内の関連記事をリンクしています。
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