これらはよく混乱される用語です。
いずれも19世紀中頃に作られ、膝丈のゆったりしたズボンで、裾を絞ります。いずれも欧米で流行りました。
形態は似ていますが、呼称の由来は全く別の道を進みました。結論から言いますと、ブルーマーズはニッカーズの1種です。
その点を比較的新しい辞書を起点に古い辞典も参照して押さえましょう。
ニッカーズの語義
ニッカーズはニッカーボッカーズの略語です。それぞれ英語ではKnickers, Knickerbockersと記します。辞書には次のようにまとめられています。
単にニッカーズ、またプラス・フォアーズの名でもよばれる。膝下丈で、裾口をボタンかバックル使いのストラップで絞ったカントリー調のゆったりとしたズボン。素材はツイードやフランネル、綿などが中心。1863年頃から流行したといわれ、1920年代にはゴルフ用のズボンとしてよくはかれ、現在では、登山や、カジュアル・パンツのひとつとしても用いられる。ニッカーボッカーとは、今のニューヨーク市に移住したオランダ移民をいい、彼らがはいていた半ズボンに由来するといわれる。(バンタンコミュニケーションズ編『新ファッションビジネス基礎用語辞典』増補改訂第7版、チャネラー、2001年、246頁)
ブルーマーズの語義
他方、ブルーマーズ ( ブルマーズ )は英語でBloomersと記します。この説明は次の通りです。
婦人、子供用のゆったりとしたショート・パンツで、ウエスト、裾口がゴムで締められているのが特徴。丈は膝を中心にして、短いもの、長いものがある。もとは、運動着や女児用の下着として用いられていたが、最近ではバルーン・ショート・パンツなどと同様に街着としても着られる。19世紀の中頃、アメリカの女性解放運動の先駆者アメリア・ブルーマー婦人(1818-1894)が、クリノリンに代わる機能的な日常着としてこれを普及させようとしたため、この名がある。(バンタンコミュニケーションズ編『新ファッションビジネス基礎用語辞典』増補改訂第7版、チャネラー、2001年、252頁)
ニッカーズとブルーマーズの比較
丈と裾口と用途の3点から双方を比較します。まず、丈に違いはあまり無い、あえて言えばブルーマーズの方がやや短い場合が多いと考えて差し支えありません。
ニッカーズはプラス・フォアーズとも同義とされていますから、ブルーマーズの膝中心の長短との説と似ています。プラス・フォアーズはニッカーズの丈が10cm(4インチ)ほど長くなったもの(膝下10cmほどのもの)で、そのまま英語でPlus Foursと記されます。20世紀初頭にゴルフでよく穿かれました。
次に、膝辺りにくる裾口を絞る方法や材料ですが、ニッカーズはボタンかバックルを用いたストラップで絞り、ブルーマーズはゴムで絞ります。最後に用途ですが、ニッカーズはゴルフや登山、ブルーマーズは昔の下着用から今は外出用と記されています。
次いで、近しい年代に刊行された辞典では、裾をギャザーで寄せる点をいずれにも記しています(文化出版局編『ファッション辞典』第4版、文化出版局、1999年、49頁・51頁)。
そして、ニッカーズは裾を絞ってボタン等で留め、19世紀末から20世紀初頭にスポーツ用、特にゴルフ用とされ、1960年代から街着にも穿かれたとあります(49頁)。ブルーマーズの方は、ウエストや裾をゴムで絞り、ギャザーが寄せられていました(51頁)、19世紀中期にブルーマー夫人が考案した時には足首丈でしたが、19世紀末に自転車が流行した際に膝下にまで短くなりました(52頁)。
ここで、ブルーマーにサイクリング用という用途が新たな情報として押さえられます。運動用としてニッカーズとブルーマーズは区別しにくくなってきました。
用途に絞って、1970年代に刊行された辞典に移ります。バンタンコミュニケーションズ編〔2001〕でブルーマーを女児用下着として用いたと記されていたことを思い出して下さい。
- ニッカーズは「男子の野外運動服として(中略)、また自転車乗用の服装として女性も着用した」。(文化出版局編『服飾辞典』文化出版局、1979年、601頁)
- ブルーマーズは「女性の下ばきで(中略)一種のドロワーズ(=ズロース;岩本注)。現在、主として体操などの運動時、または女児の下ばきとして使用されている」。(文化出版局編〔1979〕、765頁)
と記されるように、ニッカーズは運動着、ブルーマーズは開発時に自転車乗用、現在は学校教育時の運動時または女児用下ばきとされています。当時、ブルーマーはブルマーとして、体操服の短ズボンとして使われていましたね。
この辞典から次の辞典に移るために押さえておきたいのは、ブルーマーズをドロワーズ(ズロース)の一種とみなしている点です。
それを手がかりに、次の辞典に移りましょう。ニッカーズは「ズボン型の1種(中略)で半ズボン」、ブルーマーズは「女子用のゆったりした長めのズロース」です(井上孝編『現代繊維辞典』増補改訂版,センイ・ジヤァナル,1965年、544頁・660頁)。この時期にはブルーマーはズロースの一種とされています。
一旦、ここで要約しますと、ニッカーズは考案当初から運動着(特に登山・ゴルフ・サイクリング用)または外出用だったのに対し、ブルーマーズは考案当初の長ズボンから20世紀転換期のサイクリング用、20世紀中後期の下着と運動着、21世紀転換期に外出用という変遷を遂げてきたことが分かります。
ニッカーズとブルーマーズの関係
これまで2つの辞典がブルーマーをズロースの一種とみなしていました。
これを元に、田中千代の『服飾辞典」で決着をつけましょう。
田中はブルーマーズを「婦人、子ども用のゆったりした下ばきのこと」とし、ブルーマーの腰の運動性が高いことから運動競技にも用いられるとしています。他方でニッカーズには「よく似た婦人用ズロースもニッカーズという」と明記しています(以上、田中千代『田中千代服飾事典』同文書院、1969年、740頁・618頁)。
したがって、複雑な形態変化を遂げてきたブルーマーズの内、名前を変えなかったブルーマーの方は、短パンに近づいて運動着として日本の学校の体育授業で使われる一方、名前は使われなくなりましたが、婦人向けのズロースに潜伏し長年にわたり使われてきたわけです。
したがって、膝丈辺りの長さで裾口を絞る半ズボンは、外出着であろうと、ニッカーズに「よく似た婦人用ズロース」(下着)であろうと、ニッカーズの範疇に入ります。
ただし、これが言えるのは19世紀後半から20世紀前半にかけてのニッカーズとブルーマーズであり、その後は、ニッカーズとズロースとの関係を指すということになります。
ブルーマーは160年前の開発当初から、名前だけが継続され、様々な形態と用途を変化させてきましたから、そもそも比較するには19世紀または20世紀中期辺りまでを想定しないと「全く別物」という解釈も成り立つわけです。
たとえば、こちらの写真(外部リンク)は1961年9月にマリー・クワントがファッション・ショー用にデザインした巨大な絹製ニッカーズです。ギャザーをベルトとボタンでまとめています。が、膝上丈なのでブルーマーズとも言えます。
最後に、ニッカーズとブルーマーズはサイクリング時の代表的な服装でしたが、他方でスカートのまま乗車することも頻繁に見られました。これについては「ベンヤミンのモード : サイクリング時の裾のまくれ」をご覧ください。
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