モードの体系
モードの体系 : 本書は同時代の流行雑誌(モード雑誌)類に記述された女性の衣服を構造的に分析した本です。ファッション雑誌のフレーズや宣伝文句ばかりを集めて分析するのですから、かなりマニアックです。流行雑誌には贅沢な図版がたくさん用いられていますが、本書は<現実を制定することばから出発>(8頁)して、雑誌類の言葉の分析に終始します。
内容
流行雑誌の贅沢さは衣服販売者の経済的理由が強く、衣服購買者の経済意識を煙に巻くためにあります。
衣服が消耗品として使われていた時代には販売者と購買者との意識のズレは大きくありませんが、それが贅沢品として使われはじめると、産業社会にとって、計算高い販売者と計算しない購買者に分けられる必要がありました。著者の言葉では「消耗という鈍重な時間のかわりに、毎年恒例のお祭りさわぎによってみずから自由自在に消滅していくような高貴な時間を置き換える必要があ」(8頁)ります。
他方で、このような経済主義・商業主義的な側面を言葉は乗り越える面もあります。その側面からモードを捉え直そうと言うのが言語学的な意味での本書の目的です。「欲望を起させるものは対象〔物〕そのものではなくて名前であり、人に物を売るのは夢ではなく意味のしわざだ」(9頁)というわけです。
本書は序論「方法」において「書かれた衣服」(1章)や「物とことばの間」(3章)等で物と言葉の関係が論じられます。次いで、欲望を起させる言葉のもつ記号作用部の構造が分析されます(第1部)。最後に記号作用部、または記号意味部などの修辞を分析します(第2部)。長い旅の後、最後の20章「体系の経済体制」で、モードの体系の経済的側面に触れられます。
流行雑誌を詳細に分析するという本書の作業は、第8章「類の一覧項目」や「モード用語の索引」など独特の事項が設けられており、複雑極まりないファッション用語群を整理してくれます。また、新鮮な意味を掘り起こしてくれます。
たとえば、日本の織物系下着「襦袢」の語源であるjupon、これはフランス語でpetites robes(細いドレス/ペティ・コート)のことですが、これは次のように説明されます。「外からは見えないものだが、juponはjupe〔スカート〕のふくらみや形を変えることによって意味に参加することがある」(151頁)。下着とは保護や衛生から述べられることが多いのですが、形態形成に参加しているという指摘ですね。
もちろん、ブラジャーは1930年頃からそういう意味参加をしてきましたし、バストアップ・ブラのような形で広く知られていますが、他の下着類の場合、形態形成に参加する点が述べられることは、あまりありません。
なお、ペティコートのもつ形態形成は朝鮮の民族衣装チマ・チョゴリのチマに今でも積極的に使われています。たとえば堅めに作られた麻織物製のスカート(ペティコート)を中に穿いて、その上から絹織物製や合成繊維製のスカートを穿きます。
本書は流行の体系書であり、非常に膨大な分量になっています。また言語学的な区分を用いて詳細に分析されています。ですので1度読んでどうのこうのというものではなく、繰り返し参照する辞書的なものとして使うこともできます(といいますか、私は後者の使い方でしか本書を読めません…)。
ロラン・バルト『モードの体系―その言語表現による記号学的分析―』佐藤信夫訳、みすず書房、1972年
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