テッド・ラピドス(Ted Lapidus)は、1929年にフランスのパリでロシア系ユダヤ人の仕立屋に生まれたファッション・デザイナーです。シルエット作りに定評がありました。

テッド・ラピドス via Ted Lapidus | Fashion Designer Biography
経歴
15歳で純粋哲学に心を奪われ、のち一転してパリ大学医学部へ進みました。在学中にモンテーニュ街のクラブ・ド・パリの一隅にモード店を開き、2ヵ月後には早くも社交界の人気を集める主になりました。大学を中退し、パリ・オートクチュール組合学校へ入学、数年間をカッティング(裁断)の研究に費やし、後に「カッティングの魔術師」の異名をとりました。
テーラード・スーツなどのかちっとした服作りに定評があり、クリスチャン・ディオールの店で働きました。
独立
1955年にブティックを開店(51年説あり)。1958年に友人シャルル・アズナヴールからの財政支援を受けてテッド・ラピドスと冠した店舗をオープン。

ヴェスト・シュミーズ(テッド・ラピドス衣装) via Vogue France, No.534, 1973, Mars, p144. 上着にヴェスト、シャツにシュミーズ。シャンタン地のヴェスト・シュミーズ、キュロット・スカートも同じ生地。トニー・ケント(Tony Kent)撮影。
1964年にオートクチュール組合に加入(63年説あり)。その後、オーストラリアで人気があった男性用サファリ・スーツをデザインしました。この頃、サファリ・ルックやミリタリー・ルックを参考に肩紐を使ってユニセックスの衣服を作ったパイオニアといわれています。

ルルー(Leleu)社製生地の白色フランネルのズボンに、青・白・赤のストライプが並んだ、テニス・スタイルのベストとニット・コットン・セーター。テッド・ラピドゥス・プレタポルテ。 via VOGUE Paris, No534, Mars 1973, p166.
1970年代後半にオートクチュール市場が減少したため、ペン、時計、香水、サングラスなどのファッション・アクセサリー部門に進出していきました。
得意の裁断技術を活かした、スポーティなオートクチュールを展開しました。フランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)、アラン・ドロン、ブリジット・バルドー(Brigitte Bardot)、ジョン・レノンらが彼の作品を購入しました。

スポーティな夜の装い(テッド・ラピドス衣装) via Vogue France, No.534, 1973, Mars, p130. 紺色クレープ地のブラウス、ローズ色クレープ地のパンタロン。ブラウスのトリミング(縁取り)はパンタロンと同じ生地。ルイス・フォア(Louis Faurer)撮影。
ビートルズのアルバム「アビーロード」の表紙のうち先頭を歩くジョン・レノンの白色スーツはラピドスがデザインしたものです。他方で紳士服や婦人服の既製服部門にも力を入れました。
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