カール・ラガーフェルド:Karl Lagerfeld

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カール・ラガーフェルド(Karl Lagerfeld)は、1938年にドイツのハンブルグに生まれたファッション・デザイナー。
デザイン画を描くことが好きだった彼は、1952年(14歳)に両親を説得してパリへ移住。

カール・ラガーフェルド Karl Lagerfeld via Karl Lagerfeld – Wikipedia

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略歴

16歳でIWS(国際羊毛事務局)主催のデザイン・コンクールのコート部門で優勝。その後、ピエール・バルマンジャン・パトゥの店で働き、1963年に独立。
カール・ラガーフェルドは、オート・クチュールヘの途を歩まず、プレタ・ポルテの世界で今日の地位をきずき、フリーランスとしての活動を開始。1970年にクロエ社とデザイン契約を結び、以後、シャルル・ジュルダン社で靴、バランタインでセーター、フェンディで毛皮のデザインもした。

カジノ用ロングドレス : 〔左の作品〕長い白色キャンバスのドレスには背中全体にボタンがついています(Chatillon Mouly Roussel社製生地)。2本のストラップとベルト・スカーフで挟まれた大きなネックライン。〔右の作品〕サンシェードは左右のバストの下に結び付けられ、ロング・スカートと連動したデザイン。クレープ・デシンの手はネイビーと白色で描いています。いずれのドレスもクロエのカール・ラガーフェルド制作。アイボリーのブレスレットはブティック・ファブリス製。撮影はトニー・ケント(photo byTONY KENT) via “VOGUE Paris”, No536, Mai 1973, p73.


1983年にシャネルのデザイナーに就任。1980年代に復調の兆しをみせたオート・クチュールにも心血を注ぎ、シャネルでは、オート・クチュール、プレタ・ポルテの両部門を手がける。
翌1984年には「カール・ラガーフェルド」ブランドをスタートさせ、シャネルとは異なった趣で、洗練された大人のセンスをもつラインを生みだしている。1992年にはクロエのデザイナーに復帰し、以後、フェンディ、シャネル、自社の4つのメゾンのデザイナーを兼任。

作風

アール・デコ時代と1940年代のルックを好み、20世紀初頭のバレエ・ダンサー、イザドラ・ダンカンの活動的で自由な服からの影響が大きい。服を皮膚と考える彼は、身体をしばらない着やすい服作りにつとめ、重ね着の魔術師、トータル・ルックの名手といわれた。1986年にデ・ドール賞を受賞。

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この記事を書いた人

いろんなファッション歴史の本を読んで何も学べなかった残念なファッション歴史家。パンチのあるファッションの世界史をまとめようと思いながら早20年。2018年問題で仕事が激減したいま、どなたでもモチベーションや頑張るきっかけをください。

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