ポーリン・トリジェール:白桃配色のドレスとコート

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ポーリン・トリジェール(Pauline Trigère)は1910年頃、フランスのパリ市に生まれたファッション・デザイナーです。生年には1908年・1909年・1912年があります。
ニューヨークを拠点にベン・ガーシェル社やハッティ・カーネギー社に勤めた後、1942年に独立創業しました。

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経歴

仕立屋(テーラー)を営む父を手伝って裁縫技術を覚えました。
パリ市のビクトル・ユーゴー・カレッジを修了してから、父の店でもっぱらカッティングとフィッティングの修業を積みました。特にデザイナーのアーノルドから布地のドレーピングの基礎を学びました。
その間、同僚・知人たちとドレス、コート、スーツの卸売会社を設立して成功。1932年に家族とともにニューヨークへ移住しました(1937年説あり)。
仕事に対して夫がほとんど理解を示さなかったためトリジェールは在米の意味に悩んでいました。そこに、元同僚のアディール・シンプソンがアメリカに留まることを説得し、トリジェールはベン・ガーシェル(Ben Gershel)社に勤務しました。
その後、ハッティ・カーネギー(Hattie Carnegie)社に移ってトラヴィス・バントン(Travis Banton)と一緒に仕事をしました。

創業

トリジェールは1942年にニューヨーク市で独立しました。
当初は少数の職工を雇っていましたが2年後に増築。その後、よくある多角経営で、香水・スカーフ・ネクタイ・サングラス・毛皮・宝飾品などの部門を展開し、ファッション商品をトータライズしていきました。

こだわりや作風

彼女は生地を選ぶ眼が非常に厳しく、デザイン画や型紙は一切作らずに頭脳に描いた構想に沿って生地を直接に裁ち、モデルや人台に着せつけて形を作りました。
いわゆる立体裁断(ドレーピング)の技法は複雑で、独壇場の域に達したといわれます。
仕上がったスーツやドレスはぴったり体になじみ、着やすさでも高く評価されました。
ニーマン・マーカス賞(50年)、コティ・アメリカ・ファッション批評家賃を3度受賞(49年、51年、59年)しています。

おすすめ

ワンピース・ドレスにコート、ポーリン・トリジェール作。via Designers through the Decades – Pauline Trigere


白桃配色のドレスとコート。まず配色が可愛いです。
コートは白地にピンク色を重ねたチェック、中のドレスは白色とピンク色の配分を逆転させて白中心に。
また、ワンピースの配色を使ったベルトでウエストを絞って、上身頃と下身頃にあえて皺を作ってギャザーにしている点が奇抜。あえて文句を付ければ、唇にはピンク色の口紅を塗るべきだったと思います。

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この記事を書いた人

いろんなファッション歴史の本を読んで何も学べなかった残念なファッション歴史家。パンチのあるファッションの世界史をまとめようと思いながら早20年。2018年問題で仕事が激減したいま、どなたでもモチベーションや頑張るきっかけをください。

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