本書は世界各地の民俗衣装を装い方に注目して紹介した本です。
著者は民俗衣装を装い方を生きた生活の知恵ととらえています。
生活に密着した衣装を取り上げたい著者の思いは、土着の衣装を「民俗衣装」だと考えています。
カラー写真の贅沢な口絵が約20ページ。1ページに4点ほどを載せているのでカラー口絵だけで80点ちかくの衣装を楽しめます。
本文では、衣装の一つ一つに着方のイラストを添えているので、どうやって着るのかを理解しやすいです。
そのうえ白黒の着装写真つき。1つの民俗衣装に2ページをあてているのでサクサク読んで見て楽しめます。
さらにお得なことに現地語の衣装名や習慣名も説明しているので、まさに生活密着の衣装を身近に感じることができます。
世界の民俗衣装─装い方の知恵をさぐる─:田中千代
本書の構成からみる衣装
本書は装い方、とくに着方に注目して4つのパターンに分けています。
- まく(巻く):巻く着方の説明と10地域の民俗衣装
- あな(穴):穴の着方の説明と6地域の民俗衣装
- わ(輪):輪の着方の説明と5地域の民俗衣装
- はく(穿く):穿く着方の説明と11地域の民俗衣装
4つの着方ごとに地域を分けて、それぞれの服の着方、歴史、著者の取材記録などをまとめていきます。
著者が必ずそえる着方のイラストは、裁断縫製を重視する著者のファッション研究の成果です。作り方と着方の両方を知る人が書いた衣装の本は信頼できるので、本書を強くおすすめします。
民俗衣装か民族衣装か
出版された年が1985年ですから、1990年代の東欧諸国をはじめとする民族問題を本書は知りません。
このため柳田国男が民俗衣装と称するほうが民族衣装よりも適当だと述べた点を著者は鵜呑みにしています。
この点は世代的に仕方がありません。
田中千代が世界を旅して各地の衣装を撮影したり、聞き取りしたりした時期は20世紀後半。
洋服が世界中に浸透していたとはいっても、民俗衣装はあちこちに残っていました。また、急減していた時期でもありますが。
この点をふまえると「民俗衣装」にこだわることのできた最後の時代・最後の世代の人が書いた民俗衣装を本書で知ることができます。
もちろん、「民族衣装」のほうの定義を著者はあまり考えていませんから、たとえばベトナムの民族衣装アオザイを平気でとりあげるなど、民俗と民族を区別しきれていないが本書の難点とはいえます。
前近代の民俗衣装から近代の民俗衣装(民族衣装)への変容過程に著者がいたことから、衣服の西洋化の問題が根深いことが伝わってきます。
精力的な調査
著者が「序にかえて」に述べていることですが、本書にとりあげた衣装は著者自身の手足を使って現地の人たちと触れ合って集めたものです。
その数なんと3000点。
本書126・127頁に描かれている「民俗衣装収集の足跡」の世界地図を見ると絶句。
濃い線が水路と陸路、薄い線が空路です。空路が半分弱で、著者の調査年代にも絶句してしまいます。
調査期間は1928年から1985年まで。
調査について著者は次のように述べています。
この地図は私が57年に及ぶ民俗衣装収集の足跡を示したものである。現在のように飛行機などほとんどない時代でもあり、おもに水路と陸路での旅であった。陸路では、荷車や馬車、時にはラクダのお世話になり目的地に向かったこともある。田中千代『世界の民俗衣装─装い方の知恵をさぐる─』平凡社、1985年、127頁
移動手段の障害を乗り越えて衣装収集を行なえた時代を想像すると私はジレンマに襲われます。
まとめ
私のジレンマを少し考えてみます。
著者は選ばれた服飾研究家。収集先では歓迎され、写真撮影もやりたい放題だったのかなぁと…。
いまのグローバル社会のデジタル技術では、本書のような踏査がどれほどの意味があるか、自分自身のためにしか意味がないのではないか、私は複雑な気分です。
それでも著者から学べることがあります。
突き詰めることとのめり込むこと。
それでいて、シンプルにコンパクトにまとめ上げた本書は、田中千代らしいおしゃれなセンスを感じさせてくれるものです。
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